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[薬屋]冬の始まりのお話

*『薬屋探偵妖綺談』番外SSです

 

 

 

 

 

 

青い月が空に真円を描く。
古には闇に沈むしかなかった地上に、今となっては淡い月光が届く事もなく、欲望、渇望、向上心、はたまた恐怖への抵抗が競い合うように煌めいて、そこに犇く人々の生命力を思い出させる。
夜気に微かに夏の残滓を感じるのは、季節終わりの台風が大気をかき混ぜた所為だ。
或いは、丸い鍋の中でくつくつ煮える夏野菜の香気に呼ばれた錯覚か。
オリーブオイルでガーリックを炒めて、トマトでベースを作る。煮込む野菜は何でも良い。ラタトゥイユの語源は『かき混ぜられたごった煮』だ。
玉ねぎ、パプリカ、ズッキーニ。茄子を包丁で半分に切って、座木はその白い断面を凝視した。
「エネルギ切れか?」
茶化すように言って、冷蔵庫の扉が閉まる。陰から姿を見せた少年は、端整な顔立ちを無遠慮に歪めて愉快げに笑った。
「秋。私はロボットではありません」
「知ってる」
彼はすげなく答えて、乳酸菌飲料のアルミの蓋に穴を二つ開ける。
座木はまな板に視線を戻して、茄子の断面を彼の方へ向けた。満月の様な円に、乾燥がへこみを作っている。
秋が彼の手元を覗き込んだ。
「日の経った商品を掴まされたな」
「野菜屋さんで聞きました」
「八百屋」
「八百屋さん」
日本語は法則があるようで例外も多い。座木は頭の語録を更新して茄子を輪切りにした。新たな断面にもまたクレーターが現れる。
「日本のお盆には野菜で馬と牛を作って霊を送迎すると。お盆の始まりと終わりに茄子と胡瓜の重さを計ると、少しだけ軽くなっていて、それが魂の重さなのだそうです」
「虫に食われただけだろ」
秋は常に自分の意志を明確に持つが、他人を頭ごなしに否定するのは珍しい。座木は考えて、茄子を水に晒したところで思い出した。
「嗚呼。秋は幽霊が嫌いでしたね」
「ザギ」

 

 

 

 

 

いつの間にか秋を追い越した身長は、彼の睨め上げる眼光を鋭く見せる。彼より小さかった頃はどうだっただろうか。座木が膝を屈めてみると、秋の双眸が力を失い、憮然とした。表情が変わっては比較出来ない。
「何の真似だ」
「実験に失敗しました」
「料理の話?」
秋が形の良い眉を不可解そうに顰める。
座木はスプーンにラタトゥイユのベースを掬って、彼の方に差し出した。
「どうぞ」
わざわざ持ち手を左側に向けたのに、秋が横着をして顔をスプーンに持っていく。彼はベースを飲み干して、唇の端に付いたトマトを親指で拭った。
「普通に飲めるけど」
予想通りの答えだ。座木は溜息を吐いた。
「秋は可食域が広いので参考になりません」
「人を食糧みたいに言うな」
「逆です。秋はどの文化圏の料理でも、調理に失敗した場合でも、食べられると言って完食するのですから、審査機構としては不適当です」
最たるものが彼自身の作る食事である。調理過程は独特の発想に依存して、料理と呼ぶのが憚られる出来ですら、彼は「ちょっと焦げた」くらいにしか思わない。
店員達の共同生活に於いて、全ての雑務は日替わりの当番制だが、食事の準備担当だけは座木が専任で引き受けているのもその為だ。食卓を預けるには、秋の感性は雑過ぎる。
「作り甲斐がない?」
「いいえ、寧ろ燃えます。秋に美味しいと言わせる事が出来れば、地球上の全種族を納得させる料理が作れそうです」
「何その弛まぬ努力と飽くなき探究心……」
秋が胡乱な眼差しを投げて乳酸菌飲料の小さなボトルを空にする。
座木は気にせず、調理パッドに茄子を並べて塩を振った。少し置いてからまとめて煮込めば完成だ。
「バケットにしますか? 生地があるのでピザも焼けます」
「僕が食にこだわらないと言ったのはお前だろう。訊く相手を間違ってる」
秋の瞳が誘なうように左方向へ動いた。

 

 

 

 

 

この店にはもう一人、従業員がいる。日本人風に言うならば、座木の後輩だ。
「確かに、リベザルには作り甲斐がありますね」
彼はよく食べて、よく喜ぶ。要望を聞いて応えたいという気持ちを起こすには充分な理由だ。
座木はコンロの火を一旦落として、二階に上がり、個室の扉をノックした。
「リベザル」
「あ! 兄貴?」
室内から応える声に違和感を覚えた。
「夕食の相談があるのだけれど、開けても良いかな?」
「ごはん。もうそんな時間……俺、手伝います。あの、すぐ手伝いに行きますから」
どうも慌てているようだ。
自室に戻ろうとしていた秋が、進路を変えて座木の隣に立つ。
「何?」
「分かりません」
座木は手伝いよりも、希望のメニューを聞きたいのだが。
「すぐに行くので、本当に! だから、えっと」
リベザルの幼い声が焦りの色を強めていく。扉越しに聞こえる衣擦れも忙しない。
秋が気配を嗅ぐように天井を仰いで、眉間に皺を寄せたかと思うと、徐にドアノブを掴んだ。
「三つ数えたら入る。一、二、三」
「わー!」
リベザルが声を上げて扉に飛び付き、跳躍が虚しく空を切るのが見えた。
その惨状をどう言い表せば良いだろう。
部屋中に飛び散る破片、目も当てられない残骸。硬い表皮に突き立てられたナイフと、汚れて曲がって床に横たわるハサミ、ペンチ、錐、鑿、そして鉛筆と定規。
窓辺に転がる緑色の生首が不気味に微笑む。
「師匠。ごめんなさい……」
戸口に立ち塞がったリベザルは、だが、小柄さ故に二人の視界を遮る事も出来ず、狼狽えた両の目に涙を滲ませた。

 

 

 

 

 

秋のしなやかな手が、リベザルの肩を押し除ける。座木から見ても殆ど力が入っていない事は明らかだ。最早、リベザルに抵抗の意志はない。
床に散乱する肉片と繊維、種子を避けて、秋が生首を拾い上げた。
「品種が不向きだろう。ジャコランタンに使うのは観賞用のペポ南瓜の方が加工し易い」
よくここまで作れたものだ。座木は感心してしまった。
生の南瓜の中身をスプーンで刳り抜いて、目鼻口の穴を開けて、中に蝋燭を入れる、ハロウィンの装飾品だ。ランタンと呼ぶには、光源としての機能は有用とも言えないが、これを見ると冬の始まりを感じる風物詩である。
但し、秋が手に掲げる南瓜頭は、座木の知るものとは一風異なっていた。
色と形だ。
秋の言うように、ジャックオーランタンには実の柔らかいペポ南瓜が使われる。子供の力でもスプーンで実を削り出す事が出来るのが利点だ。食用には不向きだが、様々な形の品種があり、概して一様にオレンジ色をしている。
対して、リベザルが作ったジャックオーランタンは、所謂、西洋南瓜が使われていた。深い緑色をして、ゴツゴツとした皮は硬く、電子レンジで下拵えをして漸くナイフが通る密度が高い実は、生で扱おうものなら包丁の耐久力を試す事となる。
「はい」
秋が南瓜頭を座木に手渡す。
類に漏れず、硬度に難儀したのだろう。南瓜の中身は歪に掘り出され、目鼻の三角形は貫通しておらず、不適に笑う口の造形は笑顔というより発破で穴を開けた鉱山だ。
座木が南瓜頭と見つめ合っていると、リベザルの喉で息を呑む音がして、顔面が稚さにそぐわない蒼白さを帯びた。
「ごめんなさい、兄貴。勝手に南瓜を持ち出して」
リベザルがあまりに青ざめるので、座木は右手を空けて小さな手を取った。
「怪我はなさそうだね」
「! は、はい。ないです。俺は、全然」
「よかった。南瓜に豊穣を讃える笑顔を与えても、リベザルが痛みに涙しては、夏の日差しも秋の恵みも冬の寛容さも春の煌めきさえ、悲しみにくすんでしまう」
「え、え、あの」
「爪の先が欠けてしまったね。可哀想に。すぐに温かいお湯を沸かして手入れを――」
「ストップ、ストップ。ちゃんと脳を通して話せ、ザギ。其奴はお前の詐欺相手じゃない」
秋に制止されて、座木は言語中枢を意識した。
目の前では、困惑したリベザルが赤い髪を逆立てて耳まで真っ赤にしている。

 

 

 

 

 

座木は密かに咳払いをした。
彼の種族の特性が出た。人間は彼らを揶揄し、時に恐れて、口説き妖精などと呼ぶ。強ち不本意な呼び名でもない。事実、座木達の種族は人間を心地好い気持ちにさせて、誘ったり、騙したり、翻弄したりする。だが、
「詐欺とは心外です。私は心に浮かんだ言葉を声に乗せたまで。思ってもいない事は言いません」
「考える事はサボっただろう。相手構わず、種族の標準語録に頼って話すからそうなるんだ」
「……その点は、秋の言う通りです」
座木は反省した。先程の慰めは、リベザルの為にカスタマイズされた言葉ではなかった。状況に応じて思い付くままに話しただけの条件反射でしかない。本心ではあるが、相手が違っても同じ事を言っただろう。
「何が思考を占拠した?」
秋はいつも、心の裏側まで見透かすように言う。波色に揺れる瞳に捉えられると、隠し事が出来ない。
座木は南瓜頭をひっくり返した。
「南瓜はポタージュスープに使うつもりでしたので、果肉が粉砕されていても問題はないと思ったのです。でも、刳り抜いた実が見当たらなくて、そちらに気を取られました」
室内に散乱する残骸は種や繊維が主で、欠片を寄せ集めてもひとつ分の南瓜には到底足りなかった。
リベザルの顔面がまた赤から青になる。
「ごめんなさい、中身も……食べちゃって。お腹が空いて、つい」
「そう。言ってくれたら南瓜の蒸しパンを作るよ」
「蒸しパン! 俺、ふわふわの好きです」
「それじゃあ、南瓜の代わりにチョコレートにしようね」
「嘘を吐くならもっと上手くやれ」
秋が皮の破片に突き立てられたナイフを拾い上げる。
座木は、今度こそリベザルを見て話をしていたので、何処を咎められたのか解らなかった。
解る筈もない。
秋が半眼を向けているのは、リベザルだった。

 

 

 

 

 

「嘘……って、師匠?」
リベザルが気圧されて後退りする。
ナイフの先から南瓜の皮が落ち、床で一度だけ跳ねた。
「何故、最初に僕に謝った?」
「南瓜を食べられなくしたからです」
「料理はザギの担当だ。僕としては三食作る事も吝かではないが、現状で食材の調達と管理はザギの監督下にある。食材を無駄にした過失については、まずザギに謝るのが筋だ。僕は無関係な通行人Aと言い換えても良い」
馬鹿げた誇張ですら尤もらしく聞こえる。秋は真実を指し示す探偵さながらに、理知的な視線でリベザルを射竦めた。
「つまり、謝罪の主眼は南瓜ではない」
「ごめんなさい!」
秋が言い終わるか言い終わらない内に、リベザルが声を上げた。
嘘を吐き続ける事に耐えきれなくなったのだろう。殻を割られた温泉卵みたいに力なく震えている。今にも崩れてぺしゃんこになってしまいそうだ。
秋が人差し指で手招きすると、リベザルはカーテンの陰から紫色の缶を持って来た。犬の絵が描かれたアンティークなデザインで、買った当時はクッキーが入っていた空き缶だ。
リベザルは僅かに錆の付いた縁に指を引っ掛けて、二人に缶を開けて見せた。
秋が長い睫毛を上へ向けた。
「カブトムシ」
「ですね」
缶の中で蠢いていたのは黒々とした甲虫だった。張りのある身体に勇猛な頭角と胸角、六本足は鋭い爪を持ち、缶の底に敷かれた紙屑を蹴り上げる。
シュレッダーから拾ったのだろう、細く裁断された紙屑にはオレンジ色の南瓜の実が数個、紛れていた。
「台所で見付けたんです。寒くて家の中に逃げて来たのかなって思って、師匠に飼っても良いですかって訊こうと思ったんですけど、目を離したらカブトムシが南瓜を齧ってて」
リベザルの必死さが、時折、口を衝いて出る母国語から伝わる。彼はその度に日本語を探して言い直した。
「怒られると思って、飼いたいって言えなくなるから、自分の所為にすればカブトムシは怒られないので……」
秋と座木を交互に見ていたリベザルの目が、秋を見上げたまま動かなくなる。声もなく開いたままだった口が固く引き結ばれて、丸い額に力が入る。
カブトムシが紙屑を掻き分ける。沈黙にカサカサと、音がする。
リベザルの左目から大粒の涙が落ちた。
「嘘を吐いてごめんなさい」
「その謝罪、受け入れた」
秋がリベザルの頭を鷲掴みにして、押し戻すように解放した。

 

 

 

 

 

「けど、そのカブトムシは飼えない」
「う……」
「何故ですか?」
当のリベザルが神妙な顔で黙っているのに、座木が口出しをして良かっただろうか。しかし、黙っていられなかった。
秋は一見理不尽に見えて、本人の中では存外、理屈が通っている。南瓜に関しての謝罪が済んだ以上、昆虫を飼う事自体は許されて然るべきだ。
「だってそれ、カブトムシじゃない」
「え」
座木とリベザルの驚きが同調した。
秋が指をパチンと鳴らす。再び開いた彼の手からはナイフが消失して、南瓜の破片がその座に取って替わった。
「俺、図鑑と見比べました。身体が三つに分かれて、角が四本あって、足が六本で、同じ形でした」
「昆虫のカブトムシが南瓜の皮を食い破ったりするか?」
「見た事ないです」
リベザルが素直に首を振る。
それでは、ここにいる黒光りした虫の様な何かは何なのか。
「ザギには話しただろう。お盆の供え物を好んで食べる虫がいる」
「茄子や胡瓜が軽くなるというお話の」
野菜屋――元い、八百屋で聞いた眉唾話である。座木が魂の重さの話をした時、秋は言った。虫に食われただけだ、と。
秋が缶に南瓜の破片を差し伸べると、カブトムシらしき何かが器用によじ登る。
「この種の霊虫は、死を思う生者の匂いに惹かれるらしい」
虫が擡げた頭が光を反射して、丸い目が嗤ったように見えた。
「妖怪なんですか、この子」
「カテゴリとしてはな。日本ではお盆にしか出没しなかった霊虫が、ハロウィンが文化として日本に渡って定着して、この季節まで居座るようになった」
様々な国の文化が統合されたハロウィンは、神々が人の国に戻る日であり、豊穣に感謝する日であり、死者が現世を闊歩する日でもある。
「次はメキシコの死者の日かな」
秋が腕を前へ伸ばす。
霊虫は限界まで詰め込むみたいに南瓜に齧り付くと、突然、羽根を広げて宙に飛んだ。忙しない羽音をさせて室内を旋回し、座木の前髪やリベザルの首元を掠める。
そしてまた、突然の静寂。
窓が全て閉まっているにも拘らず、霊虫は不思議と部屋からいなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「カブトムシ……」
窓の外を見遣るリベザルの、小さな背中が寂しそうだ。
誰にでも有効な種族の語彙ではなく、彼だけに掛ける言葉。座木は考えて、ひとつを選び取った。
「夏になったら探しに行こうか?」
「はい! 行きたいです」
リベザルが目を輝かせる。座木は正しいフォローが出来たらしい。
「師匠も一緒に」
「嫌だね」
素っ気なく肩を竦める秋に、リベザルがハッと思い当たった風に顔を曇らせた。
「そっか。師匠、肝試しも花火も怖いから夏の夜には行けないですよね」
「誰が、何だって?」
「!」
これは座木にはフォロー出来ない。
「リベザル。パンとピザ、どっちが良い?」
「え、兄貴? えっと、ピザ?」
リベザルが秋と対峙して身構えながら、困惑混じりに答える。
「了解」
一言、座木は微笑み返して速かに扉まで退がり、二人を置いて部屋を出た。
口喧嘩に発展するか、ゲームで片を付けるか、仕事の手伝いで失言を精算するか。いずれにせよ決着に至る頃には空腹を覚えているだろう。
夜の始まり。静かな月明かり。
座木はトマトベースに野菜を浸して、鍋を火に掛けた。


(了)

 

 

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