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[Fennel]ユイジーン
本文→
  


ラークスパーは、良くも悪くも自由の国だ。

陸はまだ治安という概念があると言ってもいい。悪人達は人目を避けて身を潜めているし、真っ当な善人と、不当な悪人が住み分けをしている。
しかし海は、無法地帯だった。
文字通りの意味だ。海上にはラークスパーの法は及ばない。ほんの一?でも船が陸から離れれば、ラークスパーを治める議会にすら抑制する術はなく、本来は貿易を推進する為の非国土化が、悪を増長させ、犯罪の温床を生み出す結果になっていた。

丘の上の竹林を背に、羊が屯ろしている。
ユイジーンが岩に腰掛けて、手前に街を、奥に湾を眺めていると、下から道を上ってくる男の姿が見えた。
すれ違う馬と見比べると、背が高いのが分かる。足取りは確かで、冗談みたいに左右の足が均等に動く。体幹がしっかりしているのだろう、悪路にも関わらず、頭が殆どぶれない。
日に焼けた髪は上へいくほど色が薄く、襟足の濃い色がまた冗談みたいに見えた。

「ユーイ!」
「サチ」
ユイジーンは坂道を上り切った彼に一瞥を送って、傍らに佇む羊の毛を撫でた。
「今日は遠洋から船が着く予定じゃなかった?」
声音に抑揚がないのは、ユイジーンの感情由来ではなく、癖である。父親の跡を継いだ彼は、声を荒らげても悪化しかしない職場に幼い頃から出入りしていた為、自然と無駄なエネルギーを使わなくなった。

「そうそう、積み荷下ろしで小金を稼ごうと思って港に行ったんだけど。ラークスパーは取っ払いの仕事が多くて有難いよな。危機を通り過ぎて笑えるくらい懐がやばくて、今日の飯もどうしようかって??あ、そうだ」
話の途中で、サチは何かを思い出したらしい。

「ユイ、いつもの」
とサチが言ったら、ひとつしかない。
「正しく言えたら、昼飯奢りな」
「いいよ」
ユイジーンが答えると、サチが暗紫色の瞳を光らせて、ニィと笑う。

「メネファビイスジェサニワンユイジーン」
「惜しい」
ユイジーンが手心加えず厳正に却下すると、サチが落胆して、ユイジーンが撫でていた羊の背にしなだれかかった。
父親以外で、ユイジーンの名を一字一句、正しく発音出来る人間はほぼ存在しない。それを面白がって、サチは出会って間もない頃から、彼の名を賭けの材料に使いたがった。

「今日はいけると思ったんだけどなあ。昼飯は我慢するか」
「…………」
彼はユイジーンの名を覚えたら食事を得るが、ユイジーンはどちらに転んでも何も得をしないのは、賭けとして公平でないように思えるのだが、
「僕が君のフルネームを覚えたら、何をくれる?」
「本名を知りたかったら銅二枚だね」
聞き飽きた。ユイジーンは溜息を吐いて岩から立ち、羊毛に顔を埋めるサチを見下ろした。

「それで、港に行って、何があったの?」
「そうだった。ユイ、よく覚えてたな」
「サチの話は無駄に長いんだ」
口調が軽快で、人を惹き付けるのも上手だから、つい聞き入ってしまいそうになるが、サチの話の大半は余談である。

ユイジーンが父親譲りの黒目を眇め、本題を促すと、サチは身体を起こして、湾の先を指差した。
「面白いものを見つけた」
「何?」
「この睨み合いを打破する鍵になるかもしれない」
珍しい、とユイジーンは思った。
サチは悲観的な男ではないが、占い嫌いで、根拠のない希望的観測を口にする事は滅多になかったからだ。

自覚するより早く、ユイジーンの心臓が鼓動を速める。
眼下に望む、雑多な街並みと青い海。
「本当に……変えられるのかな。この国を」
「どっちに転ぶかは分からないが、彼奴は小石になるぞ。上手く投げ入れれば、波紋を起こせる」
「彼奴? 『面白いもの』って、人なの?」
ユイジーンの問いに、サチが思わせぶりに笑ってみせた。


* * *

堆く積み上げられた洗濯物に辟易する。量が常軌を逸しているばかりか、服一着、布一枚として、ユイジーンのものは含まれていない。賭けに負けた代償だ。
サチは実に公正に、ユイジーンには手を貸さず、余談に余談を重ねたり、ユイジーンの名を尋ねては復唱してみたり、徐に洗い場の水を飲んで不平を鳴らしたりしている。

「飲める水が欲しかったら市の水路に行きなよ。彼所は湧き水を引いた真水だ」
「ケチケチすんなって。酒飲もうぜ、酒」
「聞こえないな」
金がない癖に、よくのうのうと言えるものだと感心すらする。思えば、洗濯物に対して、サチが賭けたのは夕飯だった。絶対にユイジーンに負けない自信があったからだろう。巫山戯た話である。
ユイジーンは桶に水を足そうとして、手を止めた。

サチが身体を反らして背後を見上げる。
俄かには信じ難かった。だが、サチの態度と表情で、ユイジーンは理解せざるを得なかった。

彼女が、鍵だ。

「話の続きを聞きに来ました」
銀色の髪が朝陽を受けて、風に光を鏤めた。


(了)
 
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