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[雰囲気探偵]鬼鶫探偵と佐々経理
本文→
  


好きなものを貶されたら、誰だって悔しいものだ。

否、探偵社勤務の経理担当として、厳密に述べる事にしよう。
誰だって、常に、何に対しても、ではない。

どうしても行きたいコンサートや、試合のチケットなどに関して「会場に行くほどでもない」という意見を見かけると、佐々は、競争率が下がったと思って内心ホッとする。
それでも、会場に行けば自分も含めて満席である事が前提だ。客が疎らでは寂しくもなるし、やはり、自分や好きなものが否定されているようで悲しくなる。

だが、友人を悪く言われるのは、時と場合に限らず絶対に不満だ。
「何なんだ、日置! まったく、腹が立つ!」
佐々は食べ終えたカツサンドの外箱を丸めて、屑入れに投げ入れた。
固い紙は丸める時に手の平に刺さったし、投げた時に淵に当たって屑入れが倒れ、佐々の苛立ちに拍車を掛ける。自業自得だと分かっているのが、一層、彼の不機嫌にした。

「佐々君。一体、何をそんなに怒る事があるんだい?」
鬼鶫は学生のころから、佐々を呼ぶ時、表記にないスタッカートを入れて、「さっさくん」と発音する。
大らかと言えば聞こえが良いが、余りに悠長過ぎる。
佐々は屑入れを片付け、水道で手を洗って、水滴を拭くハンカチごと手の平を鬼鶫の机に振り下ろした。

「もっと怒れよ、鬼鶫。商売敵に悪評を流されたんだぞ?」
「その件は、塔堂探偵事務所から、事情説明と謝罪を受けている筈だが」
鬼鶫が腕を持ち上げると、スーツの袖口が上がって、カフスボタンがキラリと光る。貝を使ったキューブ型のカフスボタンは、上品で洒落ていて、着ける人間を選ぶ。
鬼鶫は、選ばれる人間だ。
偏りなく伸びた背筋、長い手足は指も長い。表情には余裕を含み、立ち居振る舞いには風格すら感じさせる。十九世紀の名探偵、と言われたら、まず、多くの人が鬼鶫の様な容貌を想像するだろう。

鬼鶫は一度まっすぐに伸ばした腕を滑らかに引き戻して、親指の腹を顎に添えた。
「日置さんは休憩室で、同僚相手に、私に関する私見を語っていた。偶然、そこに依頼人が通りかかり、話を耳にして、我らが鬼鶫探偵社に悪印象を抱いた、というのが事の仔細だ。意図的に悪評を流そうとしたのではない」
「君は何処までお人好しなんだ!」

佐々は思わず頭を抱えた。
「日置の奴は、探偵として、鬼鶫より自分の方が上だと吹聴していたんだぞ。ぼくもいい大人だ。万人に好かれる人間などいない事は分かっている。だが、一方的な批判を振り翳して、他人の感情や思考まで誘導するのは、大人ならではの陰湿な策謀だよ」
「つまり、佐々君。君は、ヘイトヘイトという訳だね」
「えっ!」
佐々は自分に矛先が向くとは思っていなかったので、呆然としてしまった。絵画に描かれた人物が振り返って、目が合ったかのような、胃の竦む思いがした。

鬼鶫が事務員の空席を見遣って、席を立つ。彼が今朝、挽いたばかりのコーヒー豆を計量スプーンで測ってフィルタに盛ると、ほろ苦い香りが漂って、佐々の頭の芯を清涼にした。
鬼鶫が沸騰したお湯を回して注ぐ。美しい褐色の液体が、砂時計の砂の様に静かに落ちる。

『他者を批判する者』を批判する佐々の、批判を批判する行為は、正当だと言えるだろうか。
友人を貶した事は許せない。
だが、現場にいなかった佐々が、限られた情報で日置を糾弾するのも、成程、一方的に感じられる。
ひとつだけ確実に言えるとしたら、佐々はただ、ただ、悔しかった。

鬼鶫が、小さな食器棚の格子戸を開け、マグカップを二つ下ろす。
「批判を不快に感じる君は、批判的論調及び論争に快楽を覚える脳構造の持ち主ではないのだ」
「……と言うと?」
「君が心地よいと思う事をすれば良いのではないかな。例えば、私を貶されて不愉快だったなら、さあ、思う存分、賛美してくれたまえ」
鬼鶫が両腕を広げて、朗らかに笑った。
その様が如何にも芝居がかっていて、実在する現実感のなさに、佐々は吹き出してしまった。

「嫌だよ、馬鹿ばかしい」
「うむ、残念だ」
鬼鶫がカップにコーヒーを注ぎ、片方を佐々に差し出す。
それは白い湯気を伴って、佐々を心地よい世界に連れ戻してくれる。
佐々がコーヒーにかこつけて礼を言おうとすると、
「ありがとう、佐々君」
先を越されてしまった。


(了)
 
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