CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>
CONTENTS
CATEGORY

TWITTER



SELECTED ENTRIES




MOBILE
qrcode
PROFILE
OTHERS

久彼山博物館

メニューのCategoryからコンテンツ表示ができます
<< [Fennel]リノとロカ | main | [雰囲気探偵]鬼鶫探偵と佐々経理 >>
[ドルチェ・ヴィスタ]キンカン
本文→



ごちそうと言えば、ベリーだ。

彼が生まれた日も、お祝いに家族総出で早生のベリーが集められた。
だから、この香りは、誰かに何か良い事が訪れた証拠だった。

「ピアニカ! そこ、気を付けろって言っただろ」
床に突っ伏すように転んだ少女目がけて、怒号が飛ぶ。荒々しく怒鳴る声音に混じって聞こえるのは困惑だ。
「出入り口に籠を置いたのはバルでしょ」
髪の長い少女が椅子から勢いよく立ち上がる。バルと呼ばれた少年は、微かに見え隠れしていた不安を完全に引っ込めて、少女に喧々とやり返した。

「だから、気をつけろって言ったんだよ」
「片付けない自分を棚に上げて、人には注意しろって言うの?」
「相手がリラなら、洗って干して棚にしまっておいたかもな。お前に蹴られたら籠の方が壊される」
「もー、怒った!」
少女リラは、正当な注意を茶化されて、バルを捕まえようとする。バルは彼女の手を身軽に躱して、笑いながら家の中を逃げ回った。

残念ながら、バルの揶揄は事実に則していたらしい。
バルは軽やかに家具の間を飛び跳ねたが、追いかけるリラの方は方向転換をする度に家具にぶつかり、椅子を蹴倒して、大きな音と埃を舞い上げる。
テーブルで寄り分けられていたルニアの葉が、境界を崩して大小ごちゃまぜに戻り、橙色のテンの実が転がって、落下した床でタントンと跳ねた。

「あ、どうしよう。リラ、止まってー。ピア、平気だよ」
床から立ち上がるのを忘れたみたいに、上体だけを起こして、ピアニカが慌てふためく。
「ピアニカ。立てる?」
「ありがとう、シン」
騒がしい二人に慣れきった様子で、物腰の穏やかな少年がピアニカに手を差し伸べた。無事に彼女が立ち上がり、オーバーオールの右足首を捲り直してにこりと笑うので、ホッとする。

「バル。ピアニカに謝った?」
駆け回るバルに、シンが尋ねる。
「悪かった、ピアニカ」
「うん、大丈夫だよー」
ピアニカが笑顔で応えたが、リラの追走は止まらない。
茎を束ねて逆さに干していた香草のヤロウが怯えるように揺れて、カタカタと震える棚の際から、木皿がじりじりと身を乗り出すのが見える。

危ない。
咄嗟に伸ばした手に、誰かの手が添えられた。

「あら、あなたの方が一歩早かったみたい」
三人目の少女は優しい眼差しで微笑むと、手の中から木皿を引き継ぎ、スカートの裾を翻した。
「リラ。バル」
「!」
「ヴィオラ」
時にテーブルすら飛び越えて、縦横無尽に走り回っていた二人が、表情はそのまま、直立不動に停止して冷や汗を滲ませる。
ヴィオラは木皿の表面を手の甲で払って、飽くまで優しく笑いかけた。
「我が家の約束は?」
「自分で壊した物は――」
「自分で直す」
答えるバルとリラの声が緊張で張り詰める。こうなると、諍いを起こしていた筈の二人が、まるで運命共同体だ。

「手分けして、早くね。もうタルトが焼き上がるわよ」
「! やったあ」
今度こそ、正真正銘優しい言葉に、バルとリラだけでなく、ピアニカとシンまで嬉しそうに瞳を輝かせた。木皿を手渡して空いた両手の平にも、温かい喜びのような感覚が与えられるかのようだ。

シンとバルが力を合わせて倒れた家具を戻し始める。ピアニカが木の実や葉を拾い集める。リラは小物を重ねて拾い、気が付いたようにこちらを振り返って笑った。
「ベリーのタルト、楽しみだね。____」


* * *

「金寛」
無機質な天井に、窓枠の影が直線を引く。
手足が冷えて、しかし、背中は熱を持って、汗が滲む。
遠くで車の音が通り過ぎ、犬が吠える声が聞こえる。
近くからは、秒針の音。

「先生までその名前で呼ぶ……」
上擦った息を吐き出し直してぼやいた彼の頭を、白衣の男がファイルで小突いた。
「おれの部屋は仮眠室じゃないぞ」
「はい」
ソファから身体を起こすと、背中の温度も下がって、意識が冷えて明瞭になる。
白衣の男はデスクの端に腰掛け、左の腕を太腿に載せるように、前屈みで金寛の顔を覗き込んだ。

「魔法の呪文を知っているか?」
「ああ、ハロウィンですか」
金寛は卓上のカレンダーに視線を遣った。
オレンジ色の丸いシールに、三角の目と歯車を嵌め込んだみたいな口が笑顔を浮かべている。
寝起きでぼんやりしていたし、ハロウィンに特別な興味もなかったので、金寛は端的に答えてしまった。冷めて、半ば、呆れた口調に聞こえたかもしれない。

しかし、白衣の男はめげることなく、変わった形の眼鏡の奥でにこにこ笑って、待ちの姿勢だ。打たれ強い。
金寛は付き合うしかない事を悟り、お定まりのフレーズを口にした。

「トリックオアトリート」
「よしきた」
白衣の男が半身を返して、冷蔵庫からケーキボックスを取り出す。
持ち手を開いて、現れたのは、ミックスベリーのパイだ。

(ベリーの……)
不意に、温度差のある記憶が浮かんで消える。
「どうした?」
「いえ、何か……変な夢を見た気がして」
捉えどころのない、曖昧で、錯覚みたいな一瞬の違和感だ。
金寛が虚ろな視線をパイに留めていると、白衣の男は棚から皿とフォーク、マグカップを選び出して、湯沸しポットの再沸騰ボタンを押した。

「ハロウィンは、海の向こうへ去った妖精たちの国が現世に近付く日だ。妖精に悪戯されたのかもな」
いい大人が、そんな夢みたいな事を言う。
「それって、メジャーなお伽話ですか?」
「お伽話とは限らないぞ。人の夢が再構築された記憶の欠片であるように、古来伝わるお伽話には現実の欠片が鏤められているんだ。謂わば、集成されたデータベースからの抽出だ」
マグカップに入れた安物のティーバッグが、熱湯に温められ、空気を含んで水面に浮き上がる。

「覚えがないからといって、自分の中にある感覚に目を瞑るのは、勿体ないだろう? 金寛」

『キンカン』

車の音より、犬の声より、ずっと遠くから。けれど、秒針の音より傍で、声が、呼んだ。
「先生、もう一回呼んで」
「金寛?」
白衣の男が差し出す、熱いお茶とベリーのパイ。
「もう一回……」
「金寛」

『キンカン』

心臓が軋む。呼吸が押し潰される。
覚えのない涙を堪えようと、ベリーのパイにかぶりついたら、余計に涙が溢れて止まらなくなった。


(了)
 
| 未発表短編>others | 17:09 | - | - |