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[Fennel]リノとロカ
*『闇と光の双翼』のネタバレを含みます
  


望んで来た場所でなくとも、いざ離れるとなると名残惜しいものだ。

シスタス皇国が近隣諸国への支配から手を引き、リノは宿願叶って、祖国ラビッジへ戻れる事になった。
ソルドには来たくて来た訳ではなかったが、住めば都。――改めよう。住んでみると、ソルドの王都オゼイユは、都の名に相応しい街だった。

日の出と共に漂うパンの香り、店々が看板を出せば街全体が目を覚ましたように活気付き、夕暮れ時でも幼い子供までもが伸びやかに振る舞う事が出来る。
失業率は低く、就学人口は多い。諸外国から留学生を受け入れられるのは、文化水準の高さと、外交にも長けている証拠だ。

歴史がひとつ違っていたら、リノはこの国を治めていたのかもしれない。
考えて、すぐに頭を振った。
チャービル王家がラビッジの山頂へ去ったからこそ、ソルドは民の為の、豊かで健全な国になったのだ。

「珍しく難しい顔してるな、リノ」
馬が外された荷台の後ろに腰掛けて、ロカがこちらを見上げた。
授業と訓練に明け暮れる彼は、育ち盛りな事もあって、夕食前だというのに拳骨より大きなパンを丸ごと頬張っている。
「珍しいとは何だ」
「リンゴの砂糖煮、好きな味じゃなかった? 高かったのにな」

真剣な顔が珍しいだの、リンゴ菓子ひとつで機嫌を損ねただのと、随分な言われ様である。
リノは山羊のミルクに口を付け、バターと牛乳の合いの子のような癖のある味に、顔を顰めたくなったのを堪えた。
「ロカ。俺が王だって事、忘れていないか?」
「オレは王様と友達になった覚えはない」
ロカが一口で食べるには若干、大き過ぎる残りのパンを口に詰め込み、頬を膨らませて咀嚼した。

それを言われると、リノは反論の権利を失う。
素性を隠してロカに近付いたのは、彼を利用してやろうというリノの下心と策略と我欲故だ。後になって、実は王でした、跪け、などと言ったら、面の皮が鉄板をも凌駕する。
それに――、否、やはりただ認めるのは面白くない。

「俺の予定では、お前が英雄になってソルドを救う筈だったんだけどな」
お返しだ。
リノは意地悪く言って、溜飲を下げ、リンゴの砂糖煮にかぶり付いた。断っておくが、貴重な砂糖をふんだんに使ったこの菓子は、値段相応に美味である。
「オレは別に! 英雄なんか、なりたく……なかったし……」
ロカは上体を乗り出して反論したが、勢いは終わりまで続かなかった。
彼の落とした視線が、道路に転がる小石を捉える。森の様に深い緑の瞳が微動だにしないのは、ここではないずっと遠くを見ているからだ。
「あーーー、格好良いな。クソ」

零れ落ちた言葉を、ロカは自覚しているのだろうか。
彼の頭に思い浮かんでいるのは、まず間違いなく彼女だ。
フェン。
旅のグールに連れられた、ただの子供かと思いきや、率先して貧乏クジを引く、棒術で大人を沈める、権力者に啖呵を切る、恐ろしいまでの怖いもの知らずだった。

リノから見れば、フェンは寧ろ不器用で不格好もいいところだが、ロカは彼女の生き様を格好良いと思っているのだから、別段、否定して、論破してやろうとは思わない。そんなのは無駄な労力である。
但し、言ってやりたい事がない訳でもない。
「彼奴にはあれが『普通』なんだ」
「普通?」
ロカが、疑念が顔からはみ出すほど不可解そうな表情で聞き返す。
リノは空になった瓶を、店先の回収箱に放り込んだ。

「特別な事をすれば格好良いってものでもないだろ。鳥は泳がないし、魚は飛ばない。それだけの事だ」
フェンにはフェンの、ロカにはロカの『普通』があり、それが時に、本人の知らぬ所で誰かを助けたりするのだろう。ロカの誠実さや、人を本質で見る素直さは、現にこうして、リノに対等な友人を与えている。

「そうだよな。リノだって、王様やれてるくらいだもんな」
対等にしても言い方というものがある。
「……ロカ。本当に一度、不敬罪で捕らえさせてやろうか」
「あれ? そういえば今日は、マットさん一緒じゃないんだな」
ロカが何の気なしという風に、痛いところを突いてきた。
「お前こそ、レジエクスと騎士団長が、隊規指導がどうとか話していたが、行かなくていいのか?」
「…………」
ロカの口が露骨に重くなる。
お互いに、言えた義理ではなかったようだ。

「かっこ悪りィな」
「そっちもな」
リノは、ロカとひねた笑いを交わして、ソルド最後の一日を謳歌した。


(了)
 
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