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[薬屋]悠竒と
本文→
  


(あ。変な奴がいる)

と思ったのが、悠竒の、その男への第一印象だった。
悠竒の記憶は大概、いい加減だが、多分、埼玉県警が取り仕切る合同研修だ。否、試験の会場だったか、柔道の署対抗交流稽古だろうか。――人間の記憶などそんなものだ。
そんな、ろくでもない記憶の中でも、男の印象は異色だった。

何もしていなかった。
同世代の警察官が集まり、休憩時間には友人同士で話したり、携帯電話をいじったり、音楽を聴いたり、軽食を取ったり、喫煙者は互いに空気を読みあいながら喫煙所に集まったりと、思い思いに行動する中で、問題の男は手洗いに立つでもなく、席に座っていた。ただ、何もせずに、だ。
それが、悠竒には不思議で、変な奴だな、と思ったのを覚えている。


駅のホームに桜の花びらが入り込む。
ホームの背後、壁の上方に空けられたスリットの外側に、桜並木があるからだ。
「お兄さん、ストラップ、切れかかってますよ」
「へ……」
悠竒は右肘を持ち上げて、ポケットからぶら下がる携帯電話のストラップを見た。クリストファーでも、ハナハナでも、マスクでも、クックでもない方のロビンが、紐が解れて傾いて、大事な人を守る為の覆面が取れそうになっている。

「ああー、ほんとだ。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
親切に教えてくれた男は、しかし、悠竒が礼を言っても立ち去ろうとしなかった。
悠竒は凝視してしまわないように気を付けて、革靴の足元から視線を上方へずらしてみた。

定期的にクリーニングに出されているのが分かる、上等ではないが折り目の綺麗に入ったスーツだ。身長は悠竒より十センチほど低い。上手くセットすればお洒落にも見えそうな髪も、洗い晒しにされたのだろう、もっさりとして垢抜けない印象だ。
(あれ?)
悠竒は、凝視をしない、という自身への注意事項を忘れた。
見覚えがあった。

「あー、今日、参加してた人だ」
男が好奇心の強そうな目を大きく開いて、ジョーカーみたいにニィと、口の両端を上げた。

休憩時間に何もしていなかった警察官だ――と、思った事が口を衝いて出そうになって、悠竒は既のところで踏み止まった。初対面で、あまりに無礼である。
だが、その無礼をやってのけた男がいた。

「あんなに空き時間あったのに、全然、何もしてなかった人でしょー。笑っちゃった」
あろうことか、目の前にいる本人から言われてしまった。
「え、それってあなたの話ですよね?」
「うん、オレ笑っちゃった」
「じゃなくて」

何もしていなかったのは悠竒では彼の方だ。これは所謂、濡れ衣というやつではないだろうか。
「してましたよ、色々」
悠竒は弁解してはみたものの、さて、改めて何をしていたかというと、確かに、これといって思い付かない。
「そうなんだー。じゃあ、オレが見た時に、たまたま休んでたんだね」
「ですね」
「すっげー面白い人がいるって思っちゃった」
「……ですね」

先ほどから、男の言う事にはどうにも既視感が過る。
まるで、悠竒の頭の中身をコピーされているみたいだ。

今これを考えている悠竒は、本当は、あの何もせずに座っていた妙な男で、
今話し掛けてきている彼の方が、本物の悠竒で、
何処かで入れ替わってしまったのではないだろうかと、埒もない考えがふと浮かんで、悠竒の脊髄に爪を立てた。

桜の花びらが視界をちらついて、思考にノイズを走らせる。

人々の中に紛れ込んで、仲間だと思い込んで、
現実には、悠竒が奇妙な男の方だから、
本物の悠竒が、悠竒が思っていた事を言うのかもしれない。

桜が舞う。
線路を挟んだ上りと下りのホームに、数秒ずれて、男女の声がそれぞれ電車の接近をアナウンスする。

間もなく 行き の 下り列 車 が
急行 上り 行きの 列車が

参 ま す
参り ます

白線の内側に下がって お待ち下さい

「あ」
「あ」

悠竒と奇妙な男の声が、完全に重なった。
「ねえねえ、今の聞いた? 前半、全然違うこと言ってたのに」
「最後でぴったり重なりましたね」
「ねー、面白かった」
男がカラカラと笑う。
上りと下りの列車が前後からすれ違ってホームに滑り込み、一度は地面に落ちた桜の花びらが舞い上げられた。
悠竒は、我知らず浅くなっていた呼吸を弛めて、電熱くさい空気を肺の奥まで吸い込み、深々と吐き出した。

そういう事だ。
男は何もしていなかった。それに気付いたのは、悠竒もまた何もしていなかったからだ。
タイミングが重なりさえすれば、目が合っていたのだろう。
上りと下り。
彼らは違うタイミングで、違う方向をむいて、全く同じ事をしていたのだ。

「オレ、この電車」
男が徐々に速度を落とす列車を指差して言う。
「おれは次の電車です」
「お疲れ様ー」
男は割れた玉子の殻をかぶったような髪に桜をくっ付けて、能天気に手を振った。

電車がホームを出る。
俄かに静寂が下り、桜がひらひらと散る。
(くっだらねー)
悠竒は穿ち過ぎた自身に吹き出して、次の電車が来るまで断続的に笑い続けてしまった。


* * *

数週間後。
同期の誘いで、悠竒は飲み会に参加した。課も署も問わず混合された、所謂、合コンである。
「悠竒、今日は本気? 嘘気?」
「嘘気って何よ。まあまあ、誰が相手でも譲ってやるから安心しろって」
「え、悠竒、何しに来たの?」
「ええー、お前が、一人で他の署の奴に混ざりたくないって、引きずって来たんじゃん」
「マジ感謝してる!」

同期の同僚は悠竒に手を合わせて、早速そわそわと参加者を伺い始めた。悠竒とて、折角来たのだから、楽しく話して、美味しいごはんとお酒が飲めれば嬉しいのだが。

「遅くなりました。俺たちで最後?」
数人の男が個室の入り口から中を覗く。
彼らは順に靴を脱ぎ、一人ずつ、空いた席を探して室内を見回す、その三人目。

「あ」
「あ」

面白い奴が来た、と思った。


(了)
 
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