CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>
CONTENTS
CATEGORY

TWITTER



SELECTED ENTRIES




MOBILE
qrcode
PROFILE
OTHERS

久彼山博物館

メニューのCategoryからコンテンツ表示ができます
<< [薬屋]高遠と | main | [Fennel]テオとフェン >>
[Fennel]フェンとキルグレース
*偽王伝、真勇伝の最大の秘密と、天青国の重大なネタバレを含みます



フェンネル大陸に、リムナンテスという国がある。

太陽の通り道に身を横たえるその国は、戦神アメリカネリを祀り、強い者が勝者、というシンプルなルールの下で、長い間、内乱を繰り返してきた。
政権交代に次ぐ政権交代に終止符を打ったのは、後にオルズウッド戦記と名付けられ、語り継がれる最後の革命である。

王を討ち取って玉座に着いたポルツラッカは、我が子すらも敵と恐れて、生まれて間もなく野に追放した。
その捨てられた王子、ベリスが、別の島からリムナンテスを訪れていた勇者の力を借りて、首都レセダを陥落してから、早二十五年。
今年で五十一歳になるベリスの、賢君との評判は、国境を越えて近隣諸国にも聞こえていた。

フェンが、件の革命に立ち会った頃は、十四か十五の年だったと思う。
久方ぶりに訪れたリムナンテスは、当時の荒廃した有り様とは打って変わって、人々の笑顔に華やいでいた。
首都には国内の様々な民族が貴賎なく肩を並べ、旅人の大らかな表情が治安のよさを物語っている。

「小さいの!」
そう呼ばれるのも二十五年振りだ。
フェンは行き交う人々の中に、自分を見ている男を見付けて、ローブの裾を翻し、駆け寄った。
「キル。久しぶり」
「小さいの。相変わらず小さいなー!」

キルグレース。
屈託なく笑う彼の表情は、フェンが記憶している少年と寸分違わないーーそうだ、表情は同じだ。
しかし、経年は確実に彼を大人にして、頰に刻まれた刺青の方が、一回り小さくなったようにすら見える。
伸びた身長、逞しく鍛えられた四肢。着崩してはいるが、格式と機能性を共存させた制服はリムナンテス護衛隊士のもので、縫い付けられた襟章が、彼の勇壮な功績を示していた。

「これ、キルに持ってきた」
フェンが腰の鞄から紙の包みを取り出すと、キルグレースが匂いを辿るみたいに身を屈めて鼻を寄せる。以前も猫の様な動きをする少年だったが、大きくなった身体でもそれをやるので、しなやかな肉食獣が獲物を吟味しているかのようだ。
「あー、青い花だ!」
「うん。ソレルの砂糖菓子。手に入ったから」
「やった! 小さいの。おいで。ランディの墓掘り屋は繁盛してるぞ」
「…………」
素直に喜ぶのが躊躇われる情報だ。裏表がないのは良い事だが、キルグレースは昔から、思った事をすぐ口に出してしまうので、時々、俚耳を憚られてひやひやする。

「ガーランドとヴィダにも会いたいけど、先に行かなければならない所があるの」
「知ってる。面白いののトコだろ」
キルグレースはつまらなそうに唇を尖らせて、足下の小石を蹴りながら歩き出した。


* * *

アスターは勇者として最後の革命に手を貸し、そのままリムナンテスに残って、新王ベリスの傍に仕えた。フェンは心の何処かで無意識に、今でも彼が、ベリスの側近として城で暮らす姿を思い描いていた。
しかし、キルグレースがフェンを連れてきたのは、城を遠景に望む街外れ。後数年もすればあばら家と呼ばれそうな、古びた屋敷だった。

「緑いのー。おーい、緑いのったらー」
玄関でキルグレースが声を掛けると、慌ただしい足音が近付いてきて、内側から扉を開けると同時に、怒号が飛び出した。
「お前、その呼び方やめろって、何百回言えば理解するんだ、キルグレース!」

だが、キルグレースは既に、足音が聞こえた時点で、フェンの後ろに隠れている。
自分より大きな男を背に、謂れのない怒気に晒されて、フェンはなす術なくぼんやりと立ち尽くしてしまった。
扉を開けたのは、緑の髪の男だ。彼はフェンを見るなり怒りを引っ込めて、驚愕を露にした。

「……お前」
漠然とした問い顔中に浮かべて、男は不躾な視線を、フェンの頭から爪先の間を幾度となく往復させる。
「カムリ」
「マジか。え、だって、あれから二十年以上経って……」
これが一般的な反応だ。キルグレースが変わっているのだ。
フェンは、彼の混乱を上手に鎮める方法が分からなくて、説明をする代わりに、友人から預かった書状を差し出した。

「リノから、アスターの話を聞いて来た」
「リノ……ギルデッド・リノ・ロベージ。ラビッジ王か」
カムリが書状を受け取って、裏面の刻印に眉を顰める。
「キルグレース。お前は帰れ。もしくは、ここで日向ぼっこでもしてろ」
「えー、何でだよー」
キルグレースが文字通りに地団駄を踏む。
「伝染らない病気だとは言われてるが、絶対完全な根拠はねえんだ。こちとら、万が一にもガーランドを敵に回す度胸はねえんだよ!」
カムリは頭ごなしに怒鳴り付け、溜息でキルグレースの不満を受け流してから、フェンと目を合わせ直す。
「フェン、お前は、知ってて来たんだろ?」

話には聞いていた。だが、それがどれほど深刻な状態なのか、想像の域を出なかった。
そして、フェンが想像していたより、現実は残酷なのだろう。
「ごめん、キル。行ってくる」
「……分かったよー」
キルグレースが玄関ポーチに座り込む。彼が砂糖菓子の包み紙を開け始めたのを見て、カムリが半身を下げ、フェンを屋敷の中に迎え入れた。


彼は、広いベッドに横たわっていた。
清潔なシーツと、換気の行き届いた室内の空気に、彼を思い遣る人々の存在を感じる。
カムリが部屋の外に留まり、扉を閉める。
「アスター」
フェンがゆっくりベッドに近付くと、彼は身体を起こし、枕を背凭れにして体勢を支えた。

「やあ、君だね。フェン」
にこりと笑う顔は、優しい。
「ごめん、視力が弱ってしまって。でも、君の綺麗な髪はよく見えるよ。懐かしい銀色だ。あの時も、その色を頼りに君を探したんだったね」
「アスターは変わらないね」
半分は本心で、半分は嘘だった。
アスターは、フェンが知る彼よりひどく痩せて、目の下に濃い隈が染み付いている。髪には白いものが混じり、宝石の様に青かった目の色はくすんで、差し出す手の指は骨みたいに細い。
フェンが彼の手を握ると、アスターは殆ど力を入れたかどうかも分からない微かな変化で、彼女の手を握り返した。

「この子は息子のアルフレド。七歳になった」
アスターと同じ、黒髪に青い目をした幼な児が、ベッドの傍に座り、アスターに寄り添うように布団を掴んでいる。
「はじめまして、アルフレド」
フェンが挨拶をすると、彼は父親の陰に隠れて、布団に顔を埋めてしまった。

「仕方ないな。ジェラルダス」
アスターが廊下へ声を掛けると、扉が開いて、白髭の老翁が顔を出す。彼はフェンに会釈をすると、アルフレドの小さな肩に手を添えて、耳元でそっと囁いた。
「若。剣の稽古をつけて差し上げましょう」
途端に、アルフレドが勢いよく顔を上げる。
「弓矢の方が良い。剣を振るより、的当ての方が楽しい」
ジェラルダスの手を引いて、アルフレドが鼻息荒く部屋を出ていく。
可愛らしい。
彼も、あと十年もすれば、かつてのアスターの様に勇壮な青年になるのだろう。

「君が自分を犠牲にする事はない」
「え……?」

時間が、消えてしまったのかと思った。
それほどに、突然だった。
アスターが足下へ手を伸ばそうとするので、フェンは彼の指の先にあるカーディガンを取り、彼の薄い肩に掛けた。
「オレの祖国の話を聞かされて来たんだろう?」
「……うん」
フェンは、アスターを見舞いたい目的もあったが、やはり、彼の祖国の話を切り離す事は出来なくて、数拍の逡巡を挟んで頷いた。頭がやけに重く感じられた。

時折、船乗りから聞こえてくる噂があった。
海の向こう、熟練の船乗り達でも渡航が困難な海の果てにある天青国には、人知を超えた魔術が存在する、というものだ。
大抵は笑い話か、子供を脅かす寝物語で終わったが、ここ数年で、事情が変わってきた。
最大の理由は、渡航技術の発展だ。
昔は生命を捨てる覚悟で渡っていた大海原も、確かな技術と、丈夫な船体、それから正確な航海図によって、リスクを最小限に抑えられる。

お伽の国が、お伽話ではなくなる日は近い。

大陸の国々は一枚岩ではないが、同盟や協定を結んで、互いに監視し合い、守り合う関係を築こうとしてきた。
彼らが恐れているのは、海の向こうから襲来するかもしれない、未知の敵だ。

「アスターは、天青国の人だったの?」
「うん」
フェンの問いに、アスターは素直に答えて、何処かで遠くを見るように瞼を弛めた。
「オレは逃げて来たんだ。家族を失って、友達を見捨てて」
初めて聞く。
いつも明るく、正義感に溢れていた彼とは少し違う。声音が翳りを見せる。

「勇者と呼ばれる度に、心が痛かった。英雄だなんて烏滸がましい。オレはただ、自分が情けなくて、罪滅ぼしをしたくて、苦しんでいる人々を助けられたら、少しはマシな人間になれるかなって」
アスターは、肉の削げ落ちた手でシーツを握り、上体を倒して布団に突っ伏した。
震える肩からカーディガンが落ちる。
握り締める力のない手が、小刻みに震える。

「マシなんかじゃないよ」
「!」
フェンは伝えたい気持ちを伝えられる、正しい言葉を探した。
「アスターがいたから、リムナンテスは力の呪縛から解放された。マシどころじゃない」
「フェン……」
アスターが上体を起こそうとするのに手を貸して、フェンは彼の手首をしっかりと捕まえた。

『オレが人である以上ーー』
フェンと初めて話した時、アスターは確かにそう言った。

「アスターは、人が苦しんでいる事が分かる、優しい人だよ。心が痛くても苦しくても決して手を離さなかった、勇気ある人だ」
「そう……思う?」
「ずっと、思ってる」

『オレが人である以上、彼女を助けるのに理由はいらない』

アスター目許から一筋、涙が零れ落ちる。
フェンは知っている。
彼は、間違いなく勇者だった。


* * *

アスターの寝室から出て、階段を下りると、エントランスのベンチで項垂れる緑の髪が見えた。
「カムリ」
フェンが名を呼ぶと、カムリは顔を上げず、俯いたままでぽつり、ぽつりと声を落とした。
「内臓が、干物みたいに固まっちまう奇病なんだと」
彼の声音は吐き捨てるようで、嘲笑うようで、悲しさや、虚しさを綯い交ぜにしている。

「この病気の患者は、何年もかけて少しずつ、内側から身体が動かなくなって、死んだ時には骨の間に乾いた内臓が転がってるらしい。生きている間はすげー痛くて、水もろくに飲めなくなるから、死に顔はやっと解放されるってんで、笑顔になるんだってよ」
恐怖だ。
日に日に自分の身体が変化していくのを感じながら、治療する術もなく、確実に死に向かっていく。どれほど恐ろしい事だろう。
「けどアスターは、今でも笑ってる。どんなに苦しくても、おれたちには笑顔で……」
カムリが言葉を詰まらせる。
彼は頬を歪め、奥歯を強く噛み締めていたが、弾かれるように立ち上がると、フェンの胸倉を掴んで、彼女の背を壁に叩き付けた。

「何でだよ! 彼奴はあと三年、保つか分からないって言われてるのに、あんなに痩せて、辛そうなのに、何でお前は歳を取っていないんだ?」
「カム、リ」
「狡いだろ。卑怯だろ。俺たちは年老いて死ぬのに、そんなん、化け物だ」

化け物。
フェンに流れる血の一部は、古くからそう呼ばれて迫害され続けてきた。
人を喰らう悪鬼。それが風説に過ぎず、彼らも人と同じ、考えて、感じて、懸命に生きる存在だと知っても、心の底から解り合う事は難しい。
それはきっと、今カムリが感じているような、理不尽さの所為だ。
同じではない事を不公平に感じる、本能が築く血脈の壁だ。

「あ……済まない」
カムリが我に返ったように青ざめて、壁に押し付けていたフェンを放す。
「済まない。折角、来てくれたのに、こんな事、言うつもりじゃ……ただ、おれは、悔しくて」
「うん」
「何で、彼奴だけが……」
カムリは顔を覆って蹲り、謝罪と、懺悔と、憤りを、何度も何度も繰り返す。

一緒にいてはいけないのかもしれない。
長い歴史の中で、迫害されてきたのには意味があって、根底に流れる理由が本能だというならば、立ち向かっても無駄なのかもしれない。
けれど。
だから。

「私が代わりにやる」
フェンが告げると、カムリが頭を擡げる。フェンは震えそうになる拳を、腹に押し当てた。
「アスターがしたかった事。アスターの生命が足りないなら、私のをあげる」
「本気か……?」
茫然とするカムリに、フェンは目を逸らさず頷いて返した。

カムリが床を睨み付け、考え込んでいる。彼は暫くそうしていたかと思うと、不意に立ち上がり、いつもの彼らしい論理的な思考を宿す眼差しでフェンを捉えた。
「エリウッド・ファイベルガに会え」
「シスタス聖国の?」
「そうだ。おれの情報網が腐っていなければ、まだ近衛隊にいる筈だ。彼奴は何かを知っている」
頼もしい。
「ありがとう、カムリ」
フェンが礼を言うと、カムリはばつが悪そうに顔を背けて、黒目だけをこちらへ戻し、
「頼む」
短く、全てを彼女に託した。


* * *

「小さいの!」
外に出ると、キルグレースが待ち兼ねたとばかりに飛び上がって、フェンと爪先を突き合わせた。
「会えてよかった、キル」
「え! もう行っちゃうの? つまんない」
二十五年前も、別れ際、キルグレースは同じ事を言って別れを惜しんだ。

「ねえ、キル」
「何?」
キルグレースが嬉しそうに聞き返す。
「キルは、したい事ある? 私に、して欲しい事ある?」
フェンの問いかけに、キルグレースは答えは疾うに決まっていたとばかりに即答した。

「笑って」

フェンの開いていた筈の瞳が、今初めて開いたかのような感覚がする。
風が吹いて、澄んだ木々の香りが五感を自由にする。

「笑っててよ。おれが見てる時も、見てないトコでも。そしたらおれも、楽しくなるから」
「本当に?」
「うん、本当だよ」
確かめるまでもなかった。キルグレースは昔から、ひやひやさせられるくらい、思った事をすぐ口に出してしまうのだ。

排斥するのが本能なら、共に生きたいと願うのも本能なのだろう。
まだ、フェンは道の上に立っている。

「キルも、笑っていて。そうしたら私、きっと思い出して、元気になるから」
「分かった!」

キルグレースがまた考える間もなく即答するので、フェンは思わず笑ってしまった。
 
(了)

 
| 未発表短編>Fennel | 17:03 | - | - |