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[薬屋]高遠と
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串揚げを食べようと言うので、大阪に呼び出されたのかと思った。

高遠は池袋駅で電車を降り、待ち合わせの人々でごった返す池ふくろうを横目に階段を上った。そこでたこ焼き店が視界に入って、また大阪が頭を過る。
「高遠」
階段を上ったところで声を掛けられて、高遠はほっと息を吐いた。
人混みの上から毛先だけに残った金色が飛び出している。
スーツのズボンにシャツとネクタイを着ているが、上着はスーツではなくダークグレーのジャケットだ。おそらくアメリカの刑事をイメージしたのだろうと想像が付くくらいには、高遠は彼と付き合いが長かった。

「真鶴。待たせた」
「おう、寒かった。早く行こう」
真鶴は遠慮なく本当の事を行って、駅前の横断歩道を渡る。不慣れな高遠には、どちらを向いて歩いているのかよく分からないが、真鶴は迷わずビルの合間の路地に入ると、唐突にぽっかりと空いた小さな入り口に近付いて、徐に暖簾を潜った。

新鮮な油の香ばしい香りがする。
カウンター席に沿うようにL字形に折れた店内は薄暗く、こじんまりして見えたが、テーブル席は余裕を持って確保されている。音楽は聞こえず、客層も若いグループが豪快に飲むという雰囲気ではないが、決して静まり返っている訳ではない。声の断片と笑い声が忍びやかに混ざり合い、穏やかで居心地がよい店だ。
奥の二人掛けの席に通されて、高遠はスーツの前のボタンを外し、熱いおしぼりで手を拭いた。

「お茶で良いか? おれは飲むけど」
「勿論」
高遠は下戸だが、真鶴はザルだ。枠と言っても良い。
「先に食べる物も頼むか」
真鶴がメニューを高遠の方へ向ける。甘味の項目にあるバームクーヘンの串揚げと、アイスクリームの串揚げが気になりながら、高遠と真鶴は小玉葱とベビーコーン、何種類かの海鮮、肉を頼んで、間もなく運ばれてきた飲み物で喉を湿らせた。

「玉ねぎ美味いな。甘い」
高遠は塩と甘口ソースを試して、サクサクに揚げられた小玉葱に舌鼓を打った。野菜そのものの味を美味しいと思ったのは久しぶりだ。
「うん、おれも玉ねぎが一番好きだ。ああ、でも、帆立も美味い」
「今日は葉山君は一緒じゃないんだな」
高遠の元同僚で、真鶴の弟だ。彼が転職してからも、高遠は時々会っていたので、別段、残念という事はなかったが、 意外ではあった。

すると真鶴は、何故か生返事をして、まだ半分残っていたグラスを一息で空にする。
「すみません、福小町ひとつお願いします」
真鶴は通りかかった店員に日本酒を頼み、付け皿に辛口ソースを足す。甘口ソースより粘度が高いのだなと、高遠がぼんやり思って見ていると、真鶴はシシトウの串揚げに塩を付けて、口には運ばず、左手の人差し指でテーブルの淵を押した。

「クリスマスの予定は?」
「仕事だが」

会話が終わってしまった。が、話を広げようにも他に言い様がなく、沈黙に焦るような相手でもない。
真鶴は、しかし、柄にもなく、あー、だの、むー、だのと声を接いで、話を続けた。
「年末は?」
「年末年始は事件が増えるからな」
「そうだよな……お疲れ」
「ありがとう」
興味本位で頼んだトマトモッツァレラの串揚げが、新感覚で舌を喜ばせる。これは、先ほど頼む時に迷った明太れんこんも注文すべきかもしれない。

「その、欲しい物はないか?」
「明太れんこんを頼んでみようかと思ってる」
「いいな。あ、いや、それもいいが、例えば、だな」
こんなにしどもろもろに話す真鶴は、学生時代から通算してもそうそうない。ジップロックにカレーを入れて学校に持ってきて、手を滑らせて二階の窓から取り落とし、下を歩いていた教師の頭に直撃してしまった時以来だろうか。

「高遠」
「どうした?」
「大人の男がもらって嬉しいプレゼントって、何だと思う?」
「そりゃあ……、真鶴が欲しい物を考えれば良いんじゃないか?」

高遠と真鶴は元同級生だ。同じ年齢の、同じ男に訊いても、似通った答えしか得られまい。
「あー、そうだな。そうなんだが、おれの基準は、自分で言うのも何だがアテにならないだろう?」
真鶴が後頭部を触るのは、そこに傷痕があるからだ。汗をかいたり、気温差があると疼くという。どうやら、本気で答えを求めているようだ。
高遠は氷が溶けて薄くなったお茶を口に含んで、喉に流すように飲み下した。

「しかしなあ、大人になると欲しいと思うものは大抵、自力でどうにかなるからな……。自分で金を出してまでは要らないような物なら、もらっても重宝しないだろうし。趣味の物だと、欲しい物は既に厳選して買っているだろうから、半端な物をやってもなあ」
「つまり、いっそ、金の方が良いって事か?」
「飛んだな!」
一足飛びの飛躍だ。頭痛が痛いレベルだ。

真鶴が食べ終えた串を、魚の形をした串入れの口に指で弾いて放り込む。
「お年玉をもらうなら、いくらだったら嬉しい?」
「ああ、何だ。『お兄ちゃん』か」
「な、何の話だ?」
真鶴が背を反らす、その動揺で理解した。
「葉山君だろう? 連れて来ないと思ったら、喧嘩でもしたな? お兄ちゃん」
高遠が串入れから飛び出した串を人差し指で押し込んでやると、真鶴は今度は大きな背を丸め、親指で下唇に付いた衣のカスを拭う。

「兄弟だから、兄弟ってのは、喧嘩くらいするだろう?」
余程、部の悪い喧嘩だったか、真鶴にしては珍しく、つまらない意地を通してしまったのかもしれない。
歯切れ悪く答えて、日本酒を流し込む彼に、高遠は茶化す気持ちを収めて、メニューの酒のページを開いた。

「兄弟に贈るなら、せいぜい五千円から一万円ってとこじゃないか? まあ、金で解決しようって根性は好きになれないが、飽くまでそれはそれとして、会話のきっかけにはなるだろう」
「そうだな……タイミングを逃したら贈れない類いのものだしな」
「そんな弱気、本当に珍しいな。ほら」
高遠がメニューを差し出すと、真鶴は両手で受け取って、首を竦める。メニューの陰に顔の下半分が隠れて、まるではにかむ恋する乙女だ。

「仲直り、出来ると思うか?」
「出来るよ。心配するな。すみません、追加いいですか。烏龍茶と――お前は?」
「同じのもうひとつ」
通りかかった店員に注文を伝えて、メニューを閉じると、真鶴の安堵したような笑みが見えた。

「そうだよな、よかった」
「そうだよ」
新しいグラスが運ばれて来る頃には、真鶴の表情はすっきりと晴れて、謎深きバウムクーヘンとアイスクリームの串揚げを頼み、代わる代わるに平らげた。




* * *

数日後、事件は起きた。
「高遠、下に客来てんぞ」
不機嫌そうな仏頂面で声を掛けられて、高遠は反射的に無心になった。
「衒崎さん、来てたんですね」
「来るよ! 年寄り扱いすんじゃねえよ。俺がいないと手に負えない馬鹿どもがまだ沢山いるだろうが」
確か、定年を迎えて辞めるとか辞めないとか大騒ぎして机を片付けた筈の同僚、衒崎が、未だに署にいる理由に、高遠は余り興味がないので、詳しくは聞いていない。

「被疑者と雖も、馬鹿呼ばわりは訴えられる可能性がありますよ」
「お前らだよ。馬鹿はお前」
「原告が変わるだけです」
「何だ? 自分が馬鹿かどうか、裁判所に決めてもらわねえと判断つかねえほど馬鹿なのか?」
「……課長、ちょっと出てきます」
高遠は不毛な会話を強制的に終わらせて席を立った。

「衒崎さんと高遠先輩は、何というか、一周まわって新しい先輩後輩関係に思われます」
「五月蝿え、來多川。何周まわっても馬が合わねえんだよ」
「成程。つまり、高遠先輩が鹿という事ですか」
真剣な顔で頷く新参の後輩に、衒崎が言葉を失う。馬同士ならば気が合うというものでもないが、口煩い衒崎を黙らせるとは、なかなかの逸材だ。

「高遠。手前、何笑ってやがる。さっさと行け!」
「笑ってません。行ってきます」
がなる衒崎に追い立てられて、高遠は刑事課を出て、薄汚れた廊下を歩き、玄関ロビーへ下りた。

瞬間、全身から血の気が下がって、眩暈に神経を蝕まれるのを感じた。

「何だ、その格好は。三次。ネクタイも満足に結べないのか」
衒崎の小言とは重量が違う。温度が違う。鉛弾の様に胃の腑を抉って、空いた風穴から体裁を保つ余裕が流れ出していく。

「境次兄さん」
高遠の一番上の兄だ。母に似て日本人らしい清楚な面差しをしているが、重苦しい表情は父親そっくりである。
「どうして職場に?」
「今年も帰って来ないと聞いてな」
「年末年始は事件も事故も増えますから」
まるで、高遠が取り調べを受けているみたいだ。
「ちょっと、外に出ましょう」
高遠が境次を自動ドアの方へ促すと、境次は厳しい顔付きで、
「それは好都合だ」
と不吉な事を言った。

不吉だ。これが一年の総決算なら、高遠はそれほど身に余る幸運に恵まれていたのだろうか。全く覚えがない。
「よお、三次。だっせえスーツだな」
二番目の兄、初次が出会い頭に先制攻撃をした。そう言う初次は一目でオーダーと分かる身体に合ったスーツに身を包み、ワインレッドのネクタイを選んだ自身の趣味の悪さを黙殺している。

「三次叔父さんだ」
と言って、少年を前に立たせたのは三男の双次だ。
「……何の冗談ですか? あ、もしかして走馬灯か?」
高遠が思わず頭を押さえて独りごちると、明るい笑い声が駆け寄って、高遠の背中に体当たりをした。
「生きてるよ。何言ってるの、お兄ちゃん」
「砂波?」
背後に立たれて顔は見えないが、音域は高いのに煩くはないこの声は、間違いなく妹だ。

前に回り込んで、双次の隣に立った砂波は、前回に会った時より少し大人びて、うっすら化粧をしているようにも見える。髪を上げているからそう見えるのかもしれない。
平静を装うので必死の高遠に、境次が閻魔大王に死者を案内するかのように、重く厳しい声音を繰り出した。

「砂波の提案で、年越しは温泉でする事になった。聞いてはいるな?」
「はい」
高遠は迷う間もなく断ったが。
「移動途中に立ち寄った。これを――」
「本当にそれ渡すの?」
懐に手を差し込む境次を胡乱な眼差しで見て、砂波が苦笑いをする。
境次は怯む事なく、一通の封筒を差し出した。
高遠は訝りながらそれを受け取り、表面を見て、眉間の皺が新境地に達するのを感じた。

「お年玉?」
しかも、手には小銭の重さが伝わる。
「あの、開けても良いですか?」
「無粋な奴だな。勝手にしろ」
「それでは……お言葉に甘えて……」
高遠は、中身が金でない一縷の望みに賭けて封を開けた。たまたま、何か渡すものがあって、手頃な封筒がなく、無頓着にあるものを使ったのだと思いたかった。

入っていたのは、金だ。
二万二千五百円。
そのひどく半端な金額に、高遠の脳が熱と煙を上げて、鼻腔の奥が焦げ臭く霞む錯覚がした。

『せいぜい五千円から一万円ってとこじゃないか?』

数日前、高遠が真鶴に言った言葉だ。
間を取って七千五百円、かける、三人の兄で、二万二千五百円。

彼らが既知であれば充分に考えられる――否、互いに既知である必要はない。真鶴の職業は探偵だ。こちらの地元の探偵を雇い、調べさせた。
高遠は、父親を始めとする彼らのこの、効率主義、必要な結果を得られれば手段を問わない感性が、兄弟ながら苦手なのだ。
真鶴の歯切れが悪かったのは、依頼人が高遠の身内と知っての事だろう。
謎は解けた。

「わざわざ、お年玉を渡しに?」
「それでも警察か。物証はよく観察しろ」
「は?」
兄から警察の有り様の手解きを受けるとは、予想外過ぎて言葉も出ない。
初次が軽薄に嗤って、封筒を指差す。
「兄貴のこだわりを見てやれよ。お年玉、に線が引いてあるだろ」
確かに、お年玉、の文字にポールペンで線が引かれて、熨斗を模したリボンだけが残されている。

「せめてiTunesカードかナナコにしなよって言ったのに」
砂波は兄達に不平を示してから、にっこりと笑い直して、高遠の胸に青い袋を押し付けた。
「はい!」
「え……」
戸惑って顔を上げると、高遠の視界に四人の兄妹が映り込む。
「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう」

『仲直り、出来ると思うか?』
真鶴の問いに、高遠は答えてしまった。
『そうだよな、よかった』
安堵の向けられた先は、高遠だった。

「よし、用は済んだ。行くぞ」
「あ、お兄ちゃん! もうちょっとくらい良いじゃない」
「三次は職務中だ」
境次が駐車場に向かって背を翻す。

「せいぜい稼げよ、公務員」
初次が高圧的に言って、車の鍵を取り出しながらひとりで笑う。

「じゃあな、双次」
「おじちゃん、バイバイ」
寡黙な双次の息子が、漸く喋って小さな手を振る。

「またね、お兄ちゃん。お仕事頑張って!」
砂波が両の拳に力を籠めて高遠を激励し、慌てて三人の兄を追う。

『そうだな』
真鶴に答えたのは、高遠自身だ。

「……、……! ……ありがとう」
逡巡の果てに絞り出した、たった一言を発しただけで、異様に喉が渇いて呼吸が上擦る。鼓動が速い。心臓が苦しい。
砂波が立ち止まり、双次が振り返る。
初次が目を丸くして、境次が数ミリ、微かに笑う。

高遠は自分の耳が焼け石の様に熱くなっているのに気が付いて、彼らが何かを言う前に、プレゼントを小脇に抱えて、早足で署内に戻った。


(了)
 
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