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久彼山博物館

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[Fennel]アシュレイ
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悪態を吐かれるのは好きだ。

「ミグレイ。僕、今朝、帰って来たばかりなんだけど」
「いやあ、五月蝿いな」
「は?」
ミグレイがあっけらかんと述べた感想に、隣に立つアシュレイが、これまでの人生で最大級に不愉快だと言いたげな顔をした。

「アシュレイの事じゃないぞ。街ってのは、騒がしいものだと思って」
「あ、そう」
アシュレイが諦めるみたいに横を向いて、積荷を背負ってのんびり歩く馬を追い越しながら、冷めた溜息を隠す。
「何だ。暖炉の前で土産話をせがんで欲しかったか?」
「そんなんじゃない」
ミグレイがアシュレイの呼吸の隙に滑り込んで肩を組むと、アシュレイはミグレイの筋肉の収縮に合わせて彼の腕から抜け出した。

戦闘能力に特化したイリスの中でも、ミグレイは体格に恵まれた方だと思う。身長こそ特別高くないが、鍛えた分だけ筋肉が付くので、幼い頃から、周囲のイリスの子供達より頑丈だった。
その所為か、よく喧嘩の仲裁役に借り出された。
ミグレイが最も多く仲裁させられたのが、アシュレイだ。

アシュレイの才能は飛び抜けていた。
皆が一月かかって身体に刻み込む技を、彼は大人がするのを一度見るだけで覚えてしまうのだから、同年代の子供達に疎まれるのも無理からぬ話だ。身体こそ小柄だったが、音もなく、陰に潜んで技を振るうアシュレイの姿を見ると、それすらも天分の様に思われた。

一度だけアシュレイに聞いた事がある。
解るのだ、と、彼は言った。
大人がしてみせる動きが、どういった原理で、どんな力を利用しているか解るから、それを実行するだけだ、と。

天才だ。ミグレイは背筋が冷えたのを覚えている。
大人でさえ、理屈など解らず見よう見真似で身に付けている者も少なくない。伝統とはそういうものだ。長い歳月をかけて辿り着き、洗練された結論だけを、効率よく継承する先人の知恵の遺産だ。
だが、アシュレイは、その技を見て、本質を理解する。
だから、頭を使わずに受け継いだ大人達が、誤って伝える無駄や矛盾をも見抜いてしまう。

ミグレイが、アシュレイの才能に一切、嫉妬しなかったとは言わない。しかし、仲裁役に回る機会が多かった分、他のイリス達より近くで彼を見てきた。
突慳貪な態度にも、皮肉屋な物言いにも慣れている。

「チーズを買いに行こう。アシュレイ。カティア様への土産だ」
「……チーズなら、その先の『小山羊の皿』が品揃えが良い」
アシュレイが、好きなものには意地を張り切れないのも知っている。
ミグレイは彼の案内に連れられて賑やかな通りを南下した。

アシュレイ気に入りのチーズ店は、残念ながら、営業していなかった。
ミグレイは店の戸口に立って、柱に腕を突き、小山羊のシルエットが描かれた看板が振動で揺れるのを見上げた。
「街ってのは騒がしいもんだな」
同じ科白を繰り返したミグレイを、アシュレイが赤金を含んだ瞳で睨め付ける。

店内は騒動の渦中だった。
壁沿いにぐるりと設えた棚には、大小様々なチーズが保管されて、発酵したミルクの芳醇な香りが心を豊かな気持ちにさせる。
そんな、お宝の山の中央で、三人の男が女性を取り囲んでいた。
柄の良い雰囲気ではない。チーズを買いに来たようにも見えない。
男の一人はアシュレイとミグレイに気付くと、表情筋を器用に歪めて、彼らを威嚇した。

「取り込み中だ。チーズなら他所で買いな」
男が顎をしゃくって言うと、仲間の二人がにやにやと煽るような笑みを浮かべる。囲まれた女性は涙目でアシュレイに訴えかけた。
「た、助けて下さい」
「五月蝿え。黙ってろ!」
「……っ」
男に怒鳴られて、女性は竦み上がり、自らの腕を抱え込むように身体を小さくする。
緩やかな髪が下りる、細い肩が震えている。

喧嘩の仲裁はミグレイの役目だった。
アシュレイはいつでも喧嘩をする側で、強い上に口も達者だから、大抵の子供達は泣きながらミグレイに助けを求めた。
アシュレイは暴力に屈しない。数に屈しない。
まるで公正な裁きであるかのように。

「他所に行けって言ってるだろう。怪我したいのか?」
男が背中からナイフを引き抜いて、彼らの方へ突き付ける。
アシュレイの重心が、僅かに利き足の方へ寄ったのが分かる。
「何とか、言え!」
扉から差し込む光を反射して、ナイフの切っ先がアシュレイに狙いを定めた瞬間、アシュレイは軽く床を蹴ると、男の死角に回り込み、手の中でナイフの柄の感触を確かめた。

「え……」
男が目を白黒させて、自身の空の手とアシュレイを見比べる。
アシュレイが持っているのは、先ほどまで男が握っていたナイフだ。
「此奴!」
男達が一斉に身を翻し、アシュレイを取り囲む。自由になった女性が、ミグレイの背に逃げ込む。
アシュレイは爪の形の整った指先でナイフを回転させる。その手慣れた様に男達が怯んだ。

「さっさと逃げなよ」
アシュレイの素っ気ない言葉に、男の一人が眉を攣り上げ、別の男にが声音を荒らげた。
「喧嘩売ってるのか?」
「親切だ」
「何だと?」

アシュレイはナイフの刃の方を摘むと、柄を持ち主の男に差し出す。男達が警戒して身体を強張らせるのを、アシュレイはつまらなそうに薄く見て、視線を壁より更に遠くへ流した。
「ここに来る途中、騎士団の巡回と行き合った。聞こえない? 馬の蹄の音」
言われて、彼らが辺りを見回す。ミグレイが戸口から外に上体を伸ばすと、確かに、蹄の音が近付いてくるのが聞こえる。
男達が不安げにミグレイを窺うので、アシュレイを援護する態で頷いてみせると、
「今日の事は忘れてやるぜ」
と、捨て台詞を残して、我先に店から走り去った。

暫くして、チーズ店『小山羊の皿』の前を、積荷を背負った馬がのんびりと通り過ぎた。


* * *

綺麗な女性に礼を言われても、アシュレイは全く表情を変えなかった。彼は淡々とチーズを選んで店員に注文すると、荷物も支払いもミグレイに任せて店を出て行ってしまう。
「その辺で待ってろよ」
ミグレイはアシュレイの背に呼びかけて、チーズの入った紙袋を受け取ると、急いで店を出た。

アシュレイは、ミグレイを置き去りにはしていなかった。
店の戸口を出てすぐ左、白材の外壁に寄りかかっていた。彼はミグレイが出てきたのを見ると、一歩先に歩き出す。
ミグレイは紙袋の中から、試食にもらったチーズの端を取り出して、アシュレイに渡した。

「僕を試したつもり?」
アシュレイがチーズの端を齧り、単刀直入に核心に斬り込む。
「何の事だ?」
ミグレイは空とぼけてみたが、簡単に誤魔化せる相手ではなかった。
「あの状況で、ミグレイじゃなく僕に助けを求めるのは不自然だ。体格も年齢にも、利用しやすそうなお人好し面もね」
「成程、抜かった」
「返答次第では経脈を堰き止めるよ」
「お、やってみるか?」
ミグレイが腕を持ち上げると、アシュレイが身構えて素早く辺りを見回す。街の中心を外れて人通りは疎らになっていたが、人目がない訳ではない。

一瞬、アシュレイが戸惑ったその隙に、ミグレイは手を伸ばし、彼の頭を鷲掴みにした。
「!?」
アシュレイが顔を上げようとするが構わず、ミグレイは彼の頭を撫でてかき回した。

「悪かった。お前を信用していなかった訳じゃない。カティア様もオレも、アシュレイの判断を信じている。本当だ」
「だったら、何故こんな事をした?」
アシュレイの声に憤りが籠もる。それは彼が持たなくて良い不安の裏側だ。
ミグレイは隠し事をするのを止めた。
「外でどんな風にしているのか見てみたかったんだ。オレの手の届かない所じゃあ、もう仲裁してやれないからな」

アシュレイは、喧嘩をすると他の子供の様には泣かなかった。ミグレイが子供達を宥め、叱ってからアシュレイを捜しに行くと、一人になって背を向けていた。
『言いたい事はあるか? アシュレイ』
ミグレイが訊いても、アシュレイは小さな手で拳を作り、幼い眼差しで地面を睨み付けて、口を噤むのだ。
『話したい事は? なければオレが勝手に話すぞ。カムマイル湖の噂と、オレが勇敢に鬼蜂を倒した話、どっちが良い?』
『……馬鹿じゃないの』

ミグレイは、彼の悪態を聞くのが好きだ。
傷付いて、黙り込んでしまうよりずっと良い。
「お前は誤解されやすい。口で言い負かす癖に本心は言わなくて、力で勝ったら、悪者にされてしまう。そんなのは、オレが悔しいからな」
里を出て、国を出て、旅に出て、彼が出会うのは、全てが彼を厚意的に見てくれる人間ではない。
ミグレイの手の平に、アシュレイのサラサラとした髪と、体温が伝わって、幼い彼を思い出させる。
「どうしても困った時はオレ達を呼べよ」
言うつもりはなかったのに、思わず口を衝いて老婆心を働かせてしまったミグレイに、アシュレイは手を振り解く事はせず、
「……馬っ鹿じゃないの」
一言、悪態を吐いた。


* * *

「アシュレイ一押しのチーズです」
ミグレイが食事に添えて運ぶと、カティアは空色の眼差しを弛めて、水で喉を潤すより先にチーズを手に取った。
「彼奴、『帰って来たばかり』って言いましたよ。嬉しいですね」
「そうか」
カティアはチーズを一口、味わって飲み込み、噛み締めるように「そうか」と微笑んで言葉を重ねた。


(了)
 
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