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[Fennel]サチ
* 『フェンネル大陸真勇伝』シリーズ終盤の重大な内容を含みます
  


「ねーねー、俺ねー、考えてもみなかったんだ」
 
レンテンはもう暫く前から、何度も同じ話をしている。
「自分がトルリオンを出るなんて一生ないと思ってたし、あ、勿論、任務なら何処へでも行く覚悟は出来てたよ? そういうんじゃなくて。ねえ、聞いてる? ヴィクター」
「聞いてない」
「あ、聞いてた。それでね」

繰り返し故郷の話をするレンテンには、御者も疾うに呆れて荷台へ興味を向けなくなっている。過積載気味の木箱の隙間に蹲り、車輪を弾く街道の凹凸が、常に固い床から伝わっているというのに、レンテンの調子は加速するばかりだ。
サチは幅広の長いストールを首元から頭の天辺まで巻き付けて、薄い毛布に包まった。

近付いているからだ。
下がり続ける気温が、冷えていく身体が、絶対的な寒さが、彼らに実感させる。
祖国の空気だ。

「お土産、喜んでくれるかな? 俺、あんまり綺麗で思わず買っちゃったけど、ストライフの蛍籠に何入れれば良いと思う?」
「くおぃほ」
「え、何?」
ストールと毛布の下でもごもごと口を動かしたので、サチ自身、まともな言葉に聞こえていなかった。人差し指で布の端を引き下げると、寒気が一気に入り込んで鼻の奥がツンと痛む。
「黒芋とか?」
「……ヴィクター」
言い直してみてもまともな答えではなかったようだ。

「そうだ。花はどう? ああ、でも籠より高くついちゃうな」
レンテンがしゅんとする。トルリオンでも比較的南部に位置する神都ティリアでも、一年の半分は雪に覆われる。自生する植物では慎ましく花びらを広げる小さな花がせいぜいで、室内で特別に育てられた花は一家の食事を何日も賄えるほどに高価だった。

(ソレルにでも行けば、子供の手の平より大きな花も、頭より大きな果物も、銅貨で山ほど買えるのにな)
サチはここ数日、表面が乾いて干物のようになった果物しか口にしていない事を思い出して、傍に積み上げられた積荷を見上げた。おそらく、この中身もそのような物だ。

国を出るまでは知らなかった。
知識として、他国の風土は異なるのだと理解していても、基盤には必ず自身が生まれ育った国がある。
どれほどかけ離れた想像を試みても、大地に暮らすものには空の世界は知り得ない。空に暮らすものには海の世界が、海に暮らすものには陸の世界が、夢の様な、幻の様な、偽物にしかなり得ないのだ。
(連れて行ってやりたかったな……)

「スノウが」
「!」
サチは思わず目を瞠った。レンテンに、頭の中身を読まれたかと思った。
レンテンは気付かず、独り言みたいに話し続ける。

「スノウがいなくなるなんて思わなくて、俺は隊長にずっと付いて行くんだって思ってて、隊長にはヴィクターとラビがいれば心配ないって、思ってたのに、皆バラバラで、俺どうすれば良いか分からなくて」
「レン――……」
洟を啜る音に、サチは反射的に腰を浮かせた。

「だから、ヴィクターと一緒に帰れるのが超嬉しい!」
「えっ」
レンテンが満面の笑みで顔を上げる。
サチは虚を衝かれてバランスを失い、石に乗り上げた車輪の振動に重心を持って行かれて、右肩を木箱に激突させた。
「うへっ、やばい音した! ヴィクター、大丈夫?」

サチは痛みで上擦る呼吸を飲み込んでから、冷めた表情で平静を装って腰を下ろした。
「立ち寄るだけだよ」
「それでも良い! すっげー嬉しい!」
レンテンが興奮気味に、両手で握り拳を作る。

「何から話そうかな、頭ん中いっぱいだよ。平らな家だろ、脚の細い馬だろ、冬に収穫出来る麦とか、冬に野宿してもそこそこ死なないってすごくない?」
「そこそこ、な」

世界は雄大で、美しく、全ての出会いがサチを驚かせ、心躍らせた。
スノウを連れて行きたいと思う、世界をサチが知ったのは、スノウがいなくなったからだ。スノウがいなくなって、サチが無様に国を逃げ出したからだ。何という皮肉だろう。

スノウがいなくなった事が、よかっただなんて、仮令何を引き換えにしても思わない。
国を出た事に、罪や罰を押し着せるのも、もう止めた。

「光翅だ!」
レンテンが荷台の先頭へ飛び付いて、御者の隣に身を乗り出し、上空を指差す。

満天の星が煌めく空に、光が悠然と襞を打つ。

スノウがいてよかった。
サチには、スノウがいてくれてよかった。

「ただいま」
サチの囁きは、瞬く星に紛れて消えた。
「…………」
「凍るぞ」
「ん」
レンテンが上着の袖で顔を擦ると、鼻の頭の真っ赤になる。彼はサチに子供みたいな笑顔を返すと、星空を仰ぎ、挽歌をうたい始めた。

「下手くそ」
サチと御者が声を揃えたが、レンテンは懲りた様子もなく、
「へへ」
と笑って、調子外れの歌を光翅へ捧げた。


(了)
 
| 未発表短編>Fennel | 16:54 | - | - |